『ニューロマンサー』を読んだのはもう半年前で、昨日になってようやくこの本を読む気になった。
本自体の分量は長くない。中編小説くらいだろうか。数時間で読み終われる。翻訳がちょっとひどくて、冒頭では誤字まで目についた。英語を勉強させないでくれ...物語は三つの線が並行しているので、最初は少しわかりにくいが、すぐに理解できる。まずは物語の展開をそのまま受け入れればいい。
最初に開かれる線は雇われガンマンのターナーだ。ニューデリーで殺され、その後オランダ人に再建され、続いてまた雇われ仕事を受け、物語の本線に入る。
二本目の線はマリー。パリで偽造品を売って恥をかき、その後富豪ヴィレックに雇われ、コレクションの木製ボックスの製作者を探す。この線は他の二本との関係はあまり密ではない。『ニューロマンサー』とは少し関係があり、二本の線の上にある線(over)だと言える。どちらかというと種明かしとして存在している感じで、ちょっとわけがわからないところもある...
三本目の線はカウント・ゼロのボビー。彼は「一日二回」から渡されたアイスブレイカーでとあるデータベースに侵入して危うく殺されかけ、「聖母」に助けられる。彼は「一日二晩」のところへ行って事情を探り、それで本線に入る。カウント・ゼロの描写は正直あまり多くないと思う。三線並行で、カウント・ゼロはもともと一本に属するだけだし、その線の中でも他のキャラと一緒に物語を動かしている程度だ。書名がなぜ『カウント・ゼロ』(本来はゼロ割り込み伯爵)なのか、よくわからない。売りやすくするために、それっぽいSF的な名前にしたのかもしれない。
半分まで読んで、こんな感覚になった。みんな、精密に動く機械の上の一つの歯車だ。この機械を世界と呼んでもいいし、運命と呼んでもいい。いわゆる個人の意志は存在しないのかもしれない。主人公はいない。誰もが一つの歯車で、他の歯車に動かされ、また別の歯車を動かし、一緒に世界/運命を回している。
作者は本当に物の描写が好きで、環境の中の物品をはっきり描き切る。これを「フェティシズム」と呼ぶ人もいる(笑)。
『ニューロマンサー』より、個人的にはこっちの方が好きだ。『ニューロマンサー』の後半は飛ばしたくなる。すべてが明らかになったのに、まだ物語が終わらない。この本のように、事情を説明し切ったら終わるべきだ。
『カウント・ゼロ』に出てくる、ムカデのように皮膚に貼って傷を癒すものが『ブレードランナー2049』に出てきた。出典はここだったのか。
小説を読むことは、別の世界に入るようなものだ。自分の経験と閲歴を頼りに、その世界から何か持ち帰ってくる。次の世界を楽しみにしている。世界から持ち帰ってくるものを楽しみにしている。